献金とは? 相場や献金時のポイント!

教会の集会、特に礼拝においては、プログラムに「献金」があります。 献金の意味がわからないと、初めて教会に来られた方は、最初戸惑うかも知れません。 種類も多いし、いつどのタイミングで、いくら捧げればいいのか悩むでしょう。 しかし献金を捧げないからといって地獄に落ちる、、、みたいなことはありません。 あくまでも献金は神様に対する感謝の思いを込めて捧げるものなので、そこは誤解しないようにしましょう。   ここでは、教会に通いはじめてまもない方も、そうでない方にもわかりやすいように 献金について説明していきたいと思います。  

献金とは?

 

献金の意味

献金の意味には大きく2つがあります。 1、献金は、神様への感謝の表われであり、神様への献身の表われ 2、献金は「クリスチャン・スチュワードシップ」の一環。  

1、献金は、神様への感謝の表われであり、神様への献身の表われ

神様はお金がほしいのではありません。神様は私達自身を求めておられるのです。(ローマ12章1節) 神様は私達を愛し、救いのために御子イエス・キリストを代わりに身代わりとして与えてくださいました。 イエス様は私達を愛し、救いのために御自分の命を下さいました。 この驚く愛を受けた私達が、神様への「感謝と献身の応答」としてなすことの一つが献金なのです。 つまり、私達がささげるお金に込められた私たちの「心」、さらには「全存在」という広がりを常に意識して献金したいものです。

2、献金は「クリスチャン・スチュワードシップ」の一環。

私達が持っているものは全て、自由に処分出来る私達の「所有物」ではなく、神様から私達に「委託」されているものです。 私達はそれを神様のために、生かし用いるという責任と特権を委ねられた「管理人」(スチュワード)なのです。 管理すべきものは、賜物・生命・時間・福音の知らせ・財産・献金・家庭・仕事………色々です。 献金を正しく行なうことは私達が「管理人」として委託されている大切な使命の一つです。  

献金の種類

ここまで、献金を神様にお捧げする意味をご理解いただけたと思います。 それでは、たくさんの種類がある献金をどのように区別して捧げていけば良いのか学んでいきましょう。

主日献金

教会によっては「主日感謝献金」、「主日献金」といって少しづつ名称は異なりますが、毎週日曜日に基本的に捧げるのが、この主日献金です。 金額は決まっていません。しかし平均すると1000円前後の方が多い傾向にあります。 献金は額が大事ではありません。自分の経済状況も考慮しつつ、神様に感謝の思いを持って捧げましょう。

十一献金

十一献金とは、その言葉ごとく「収入の十分の一」を献金することです。 聖書は、私達の収入の十分の一は神様のものであって、私達のものではない、と教えています。 それは当然ささげるべき部分であって、もしそれをささげないならば、私達は神様のものを盗んでいることになる。 それは神様の祝福を失う罪である、というのです。

十一献金の意味

1、十一献金は、決して「教会の税金」ではありません。 十一献金の正確な意味は、「私達の全ての必要を満たして下さった神様への、私達の感謝と献身の表現として、私達は『全て』を、つまり『十分の十』を神様にささげます。すると神様は十分の一を取って残りの十分の九を私達の生活のために下さる。」ということです。 そして、神様は私達の生活の必要を必ず全て満たして下さる、と約束して下さっていますから(マタイ6章24~34節)、もしそれで足りなかったら、私達はいつでも神様に必要を訴えればよいのです。 2、ですからもし、例えば十万円の収入に対して、5千円しか献金しなかったら、私達は神様に対して、「神様、あなたから頂いたのは5万円でした。」と言って収支報告をしていることになります。これが神を欺く罪として、また神から盗む罪として、マラキ書の中で非難されているやり方なのです。 3、けれども、マラキ書では、十分の一をささげるのが私達の責任だとすれば、神様の方はもっとはるかに大きな責任をみずから負っていることを見落としてはいけません。神様は「こうして(十一献金をして)わたしをためしてみよ。」と自信満々の挑戦を私達に突き付けています。 もし、神が存在すれば、そして神様がうそつきでなければ、必ず「あふれるばかりの祝福」があるのです。 神様はご自身の祝福のみわざを私達に味わわせたくて、こんな挑戦をしているのではないでしょうか。私達の信仰生活に、喜びと力をあふれさせたいなら、また神様のみわざを見たいなら、私達は大胆に神様の挑戦に答えるべきではないでしょうか。 私達が答えなければ、それは神様を偽り者とすることにならないでしょうか。  

感謝献金

例えば、出産・誕生、受洗、入学、卒業、就職、初穂、結婚、、、と多くのライフイベントに伴い神様に感謝な思いを表す場面が出てくると思います。 そのような時に、捧げるものです。絶対強制ではないので、神様に感謝の思いとともに捧げましょう。

特別献金

宣教献金、会堂献金、指定献金色々ありますが、これは毎週捧げている方もいれば、1ヶ月に1回あるいは1度きりの場合もあります。 これは時と場合によって異なりますので、こちらの記事を参考にしつつも、もし悩んでいるのであれば家族や牧師先生に相談するといいでしょう。

会堂献金、建築献金

「会堂献金」あるいは「建築献金」は、現会堂のローン返済のための計画に従って集めている献金あるいは、今後教会の建物を購入・建設するための献金です。 教会堂の建設を達成するためには、皆の力を長期に渡って結集する必要があります。 ですから、会堂献金は会堂を立てた時点の会員だけが責任を持つのだなどと誤解しないように、皆が自分のこととして受け止めていって頂きたいと思います。

指定献金

「指定献金」は、ささげる側で、用途を指定する献金です。 例えば、「国外宣教のため」「教会の花のため」「特伝のため」「困っているあの方のため」等々。 教会によっては宣教献金の封筒が備わっている場合もありますが、もしなければ、封筒にその旨を記載して捧げれば集計の方がしっかりそのために用いられるように処理してくれるでしょう。

献金を捧げる時のポイント

  献金は神様への感謝の思いと私たちの愛を共に捧げるものです。 もし、イヤイヤ・仕方なく捧げているのであれば、それは神様から喜ばれないので いますぐやめたほうがいいでしょう。 献金を捧げることによって所持金は減るかもしれません。 しかし、神様は私たちにお金を要求してそれで生活されている方ではありません。 なので、神様への感謝の思いを持って捧げましょう。 またこの時に、なるべく封筒に入れるお金は綺麗なピン札などを準備しましょう。 心が大事とは言いますが、やはり神様に捧げるものなので、あらかじめ綺麗なお金、献金の用意をしておくと良いでしょう。 また、捧げる時は多くの場合が献金袋を入れるボックスのようなものが回ってくると思いますが、その際は両手で神様にお捧げする気持ちを込めて丁寧に入れるようにしましょう。 たまに教会の中で乱暴に片手で入れる方がいますが、それは教会員や、教会に来て間もない方が見ると不快に感じるかもしれませんので気をつけましょう。  

最後に

お金は私たちにとってとても大切で、切っても切れない関係にあります。 お金で困ることもあるでしょう。 しかし、感謝な思いや苦しい経済状況の中でも神様に信頼し捧げるものには、神様は大きな祝福を与えてくださるはずです。 神様に感謝の思いを込めて献金を捧げていきましょう。      

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